【BEN DAVIS ベンデイビス】ブランド徹底解説

胸にゴリラのロゴ。シンプルなワークパンツに、力強い類人猿のシルエット。ベンデイビスを知る人なら、このゴリラを見ただけで「ああ、あのブランドだ」と分かる。1935年、サンフランシスコで生まれたこのワークウェアブランドは、西海岸の労働現場から、やがてストリートカルチャーの象徴へと変貌していった。
カリフォルニアの倉庫作業員、農場労働者、そして1990年代以降のスケーター、ヒップホップのアーティストたち。あらゆる層が、ベンデイビスのワークウェアを選んだ。その理由は、タフで手頃、そしてどこか親しみやすいブランドイメージにある。
古着屋で1980年代のベンデイビスのワークパンツを見つけた時、その色褪せ具合と、それでも残る生地の張りに気づく。40年前のパンツが、まだ穿ける。今回は、西海岸発のワークウェアブランドが築いた伝統と、その独自の立ち位置を辿ってみたい。
1935年、サンフランシスコ - ワークウェア一族の三代目
1935年、カリフォルニア州サンフランシスコ。ベン・デイビスという男が、ワークウェア会社を立ち上げた。これがベンデイビスの始まりだ。しかしこの物語は、実はもっと前から始まっていた。
ベンの祖父、サイモン・デイビスは、19世紀後半にワークウェア業界で名を上げた人物だった。彼が興したのが「リーバイ・ストラウス社」ではなく、後に「リー」となる会社への貢献で知られるデイビス一族だ。ワークウェアの血統、とでも言うべきだろうか。
ベン・デイビス自身も、若い頃から家業に関わっていた。しかし彼は、独自のブランドを立ち上げたいと考えた。西海岸には、独自の労働文化があった。東海岸や中西部とは違う、カリフォルニアならではの需要。それに応えるブランドを作りたかった。
1930年代のカリフォルニアは、急速に発展していた。映画産業、農業、港湾業。サンフランシスコとロサンゼルスを中心に、経済が成長していた。そこで働く労働者たちには、丈夫で快適な作業着が必要だった。
ベンデイビスが注目したのは、カリフォルニアの気候だった。東海岸や中西部ほど寒くない。しかし、完全に温暖というわけでもない。朝晩は冷え込み、日中は暑い。この気候に合った作業着を作ろうと考えた。
初期のベンデイビスは、ワークパンツとワークシャツを中心に展開した。生地には、コットンツイルを使用。厚手で丈夫だが、カリフォルニアの気候に適した通気性も確保した。
面白いのは、ベンデイビスが早い段階からブランドロゴに力を入れたことだ。1940年代、あのゴリラのロゴが誕生する。なぜゴリラなのか。諸説あるが、一説には「ゴリラのように強く、タフな服」という意味が込められていたという。
このゴリラのロゴは、ベンデイビスのアイデンティティとなった。胸やポケットに刺繍されたゴリラ。シンプルだが、印象的だ。一度見たら忘れない。これが、ブランド認知を高めた。
第二次世界大戦中、多くのワークウェアブランドが軍に製品を供給した。ベンデイビスも例外ではなかった。西海岸の軍事施設、造船所。そこで働く労働者たちに、ベンデイビスの作業着が供給された。
戦後、ベンデイビスは西海岸を中心に成長を続けた。カリフォルニア、オレゴン、ワシントン。港湾労働者、農場労働者、倉庫作業員。西海岸の労働現場には、ベンデイビスがあった。
ベンデイビスの哲学 - 西海岸らしいワークウェア
ベンデイビスの製品を手に取ると、その作りの良さに気づく。リーバイスやディッキーズと比べて、やや軽めの生地。これは意図的な選択だった。
カリフォルニアの気候は、東海岸や中西部とは異なる。冬でもそれほど寒くならない。だから、あまりに分厚い生地は必要ない。ベンデイビスは、適度な厚さのコットンツイルを選んだ。丈夫だが、通気性もある。この バランスが、西海岸のワークウェアとして最適だった。
縫製は丁寧だった。特に力がかかる部分、ウエスト、股、ポケットの付け根。これらにはしっかりとステッチが施されている。バータックと呼ばれる補強縫いも、要所に配置されている。
ポケットの作りも実用的だ。ワークパンツの後ろポケットには、ゴリラのロゴが刺繍されている。これがベンデイビスの証だ。前ポケットは深く、手や小物を入れやすい。
色展開も戦略的だった。ベンデイビスの定番色といえば、ベージュ、カーキ、ブラック、ネイビー。そしてベンデイビス独特のグリーン。深い緑色のワークパンツは、ブランドの人気色となった。
面白いのは、ベンデイビスがディッキーズほど企業向けユニフォーム供給に力を入れなかったことだ。もちろん、そうした顧客もいた。しかし、ベンデイビスは小売店を通じた一般販売に重点を置いた。ワークウェアショップ、金物店、雑貨店。西海岸の様々な店で、ベンデイビスは売られた。
価格設定も絶妙だった。リーバイスより安く、しかし品質は妥協しない。手頃な価格で、信頼できるワークウェア。この バランスが、ベンデイビスの強みだった。
ゴリラのロゴは、時代とともに進化した。初期はシンプルなシルエットだったが、徐々にディテールが加わった。しかし基本的なデザインは変わらない。このゴリラが、ベンデイビスの顔となった。
1970年代から1980年代にかけて、ベンデイビスは西海岸で確固たる地位を築いた。ワークウェアブランドとして、リーバイスやディッキーズと並ぶ存在となった。しかし全国的な知名度では、まだそれらに及ばなかった。
それが変わるのは、1990年代だった。
名作を紐解く - ベンデイビスの定番アイテム
ベンデイビスを代表するアイテムといえば、「オリジナル・ベンズ・ワークパンツ」だろう。通称「ベンズ」。このワークパンツが、ブランドの顔だ。
ベンズの特徴は、そのシンプルさにある。ストレートレッグ、フラットフロント、ツイル生地。装飾は一切ない。あるのは、後ろポケットのゴリラ刺繍だけだ。
レッグラインはまっすぐで、すっきりしている。ディッキーズの874に似ているが、やや軽めの生地感。これが西海岸らしさだ。太すぎず、細すぎない。この絶妙なシルエットが、様々な体型に合う。
ウエストは標準的な高さ。腰骨のやや上あたりで履く。ジッパーフライ、あるいはボタンフライ。シンプルな作りだが、すべてが機能的だ。
色のバリエーションも豊富だ。定番のカーキ、ブラック、ネイビーに加え、ベンデイビス独特のグリーン。この深い緑色が、ブランドのシグネチャーカラーとなった。ベージュやグレーもあり、どの色も独特の色落ちを見せる。
ヴィンテージ市場では、1970年代から1980年代のベンズが人気だ。この時期のものは、アメリカ製。タグには「MADE IN USA」の文字。生地も現代のものより厚く、縫製も頑丈。40年経っても穿けるのは、この品質のおかげだ。
もう一つの名作が、「ワークシャツ」だ。長袖、短袖、両方のバリエーションがある。
ベンデイビスのワークシャツは、胸にゴリラのロゴが付いているのが特徴だ。刺繍、あるいはワッペン。このゴリラが、ブランドを主張する。
胸には二つのフラップポケット。ペンや小物を入れるためだ。ボタンはプラスチック、あるいは金属製。襟はポイントカラー。シンプルだが、すべてが機能的だ。
生地はツイル、あるいはシャンブレー。適度な厚みで、丈夫だが、通気性もある。カリフォルニアの気候に合った選択だ。
色展開は、パンツと同様に豊富。ベージュ、カーキ、ブラック、ネイビー、グリーン。そして時に、明るいブルーやレッドも登場する。この多様性が、ベンデイビスの魅力だ。
1990年代以降、ベンデイビスはショーツやキャップなど、ラインナップを拡大した。しかし核となるのは、今もワークパンツとワークシャツだ。この二つが、ベンデイビスのアイデンティティを形作っている。
アメリカ文化史の中のベンデイビス
ベンデイビスは、西海岸の労働文化と深く結びついている。そして1990年代以降は、ストリートカルチャーの象徴ともなった。
まず語るべきは、カリフォルニアの農業との結びつきだ。セントラルバレー、サリナスバレー。カリフォルニアは農業の一大産地だった。野菜、果物、ワイン。これらを生産する農場では、ベンデイビスのワークウェアが着られた。
港湾労働との関係も深い。サンフランシスコ、ロサンゼルス、オークランド。西海岸の港では、ベンデイビスが定番だった。倉庫作業員、荷役労働者。彼らは、ベンデイビスのワークパンツを穿いた。
しかしベンデイビスの物語で最も興味深いのは、1990年代以降の変化だろう。この時期、ベンデイビスは新しい文化の担い手と出会う。ウエストコーストヒップホップだ。
1990年代、ロサンゼルスやオークランドを中心に、ウエストコーストヒップホップが隆盛を極めた。ラッパーたちは、ベンデイビスのワークウェアを好んで着た。ワークパンツ、ワークシャツ、そして胸のゴリラロゴ。これがウエストコーストのスタイルとなった。
なぜヒップホップアーティストがベンデイビスを選んだのか。いくつか理由がある。まず西海岸のブランドであること。地元への誇り、ローカルアイデンティティの表明として、ベンデイビスは最適だった。そして手頃な価格。ディッキーズと同様、ベンデイビスは高くない。ストリートの若者が買える価格だった。
さらに、ワークウェアという出自が良かった。ヒップホップは労働者階級の文化だ。ベンデイビスのワークウェアは、そのルーツを体現していた。ゴリラのロゴも、ストリートでの認知度を高めた。
同時期、スケートカルチャーもベンデイビスを取り入れた。カリフォルニアのスケーターたちが、ベンデイビスのワークパンツを穿いた。丈夫で、動きやすく、手頃な価格。そしてウエストコーストのブランド。すべてが合致した。
この文化的な変化は、ベンデイビスにとって転機となった。ワークウェアブランドから、ストリートファッションブランドへ。用途は変わっても、製品は変わらない。同じワークパンツが、労働現場でもストリートでも着られた。
2000年代以降、ベンデイビスはストリートファッションブランドとしての地位を確立した。しかし同時に、ワークウェアとしてのアイデンティティも保ち続けた。この二つの顔を持つことが、ベンデイビスの独自性となった。
日本でも、ベンデイビスは人気だ。1990年代後半から2000年代にかけて、ウエストコーストヒップホップの影響で広まった。現在では、ストリートファッションの定番ブランドとして認識されている。ゴリラのロゴは、日本のストリートでもお馴染みの存在だ。
ベンデイビスが体現するもの
サンフランシスコから始まったベンデイビス。その90年近い歴史は、西海岸の労働文化とストリートカルチャー、両方の変遷を映している。
このブランドが作り続けてきたのは、「西海岸らしいワークウェア」だった。カリフォルニアの気候に合った生地選び。労働者が買える価格設定。そして、印象的なゴリラのロゴ。これらすべてが、ベンデイビスのアイデンティティを形作った。
ベンデイビスのワークパンツを穿く時、そこには多様な物語がある。カリフォルニアの農場で働いた人々、港で汗を流した人々。そして1990年代、ウエストコーストヒップホップのアーティストたち、スケートパークで技を磨いた若者たち。時代を超えて、文化を超えて、人々に選ばれてきた理由がある。
それは、西海岸というアイデンティティだ。東海岸のブランドとも、中西部のブランドとも違う。カリフォルニアで生まれ、カリフォルニアで育ったブランド。その地域性が、独自の魅力となった。
ゴリラのロゴ。力強く、親しみやすい。このキャラクターが、ベンデイビスの顔だ。タフで頑丈、しかしどこかユーモラス。これがブランドの性格を表している。
ワークウェアとして生まれ、ストリートファッションとしても愛された。その両方で成功したブランドは、そう多くない。ベンデイビスは、ディッキーズと並んで、その稀有な存在だ。
今、古着屋で1980年代のベンデイビスを手に取る。色褪せたグリーンのワークパンツ。後ろポケットのゴリラ刺繍。40年前のパンツが、今も穿ける。これが、ベンデイビスというブランドが体現する価値だ。
西海岸の太陽の下で、労働者が着た。ストリートで、ラッパーが纏った。同じパンツが、異なる文化をつないだ。これが、ベンデイビスの物語なのだ。ゴリラのように強く、タフに。そして西海岸らしく、どこかリラックスして。それがベンデイビスの流儀だった。


