【Wrangler ラングラー】ブランド徹底解説

ロデオアリーナの土煙。暴れる馬に跨る男。彼が穿いているデニムには、後ろポケットに「W」のステッチ。ラングラーだ。1947年、ノースカロライナ州で生まれたこのブランドは、カウボーイのためのジーンズを作ることに情熱を注いできた。

リーバイスが西部開拓者のデニムなら、ラングラーは現代のカウボーイのデニムだ。ロデオライダー、牧場労働者、そして本物の西部を知る人々。彼らが選ぶのは、ラングラーだった。

古着屋で1970年代の「13MWZ」を見つけた時、その独特のシルエットに気づく。リーバイスの501とは明らかに違う。これが、カウボーイカットだ。今回は、戦後に生まれ、ロデオと共に成長したデニムブランドの物語を辿ってみたい。

1947年、グリーンズボロ - 戦後に生まれた挑戦者

1947年、ノースカロライナ州グリーンズボロ。ブルーベル社という衣料品メーカーが、新しいデニムブランドを立ち上げた。その名は「ラングラー」。西部劇に登場する、馬を扱う者を意味する言葉だった。

ブルーベル社自体は、1904年創業の老舗だった。作業着やワークウェアを製造していた。しかし第二次世界大戦後、デニム市場が急成長していた。リーバイス、リー。西海岸や中西部のブランドが市場を席巻していた。東海岸発のブランドで、この市場に挑戦できないか。

ブルーベルが注目したのは、ロデオだった。戦後、ロデオは急速に人気を博していた。カウボーイが馬や牛と競う競技。西部の伝統スポーツが、全米に広がりつつあった。そこに商機があった。

ブルーベルは、本物のカウボーイたちに話を聞いた。既存のジーンズの何が不満か。どんな機能が欲しいか。ロデオライダー、牧場労働者、彼らの声を集めた。

出てきた要望は明確だった。まず、馬に乗りやすいシルエット。リーバイスの501は、ストレートレッグだった。しかし馬に乗る時、太ももはゆとりが必要だが、膝下はすっきりしている方がいい。鐙(あぶみ)に足を入れやすいから。

次に、ポケットの位置。後ろポケットは、やや高めが良い。馬に乗ると、腰が曲がる。ポケットが低いと、物が落ちやすい。そして前ポケットは深く。手綱を握りながら、物を取り出せるように。

さらに、ジッパーフライ。ボタンフライは伝統的だが、面倒だ。特に、分厚い手袋をしている時、寒い朝。ジッパーの方が便利だ。

ラングラーは、これらすべてを製品に反映させた。1947年、最初のラングラージーンズが発売された。「11MWZ」というモデル。これが後の伝説の始まりだった。

面白いのは、ラングラーが最初からロデオ協会と提携したことだ。RCA(ロデオ・カウボーイズ・アソシエーション、後のPRCA)のオフィシャルスポンサーとなった。ロデオの会場で、ラングラーのブースが設置された。トップライダーたちが、ラングラーを穿いた。

この戦略は成功した。ロデオファンは、憧れのライダーと同じジーンズを穿きたかった。そして実際に馬に乗る人々は、その機能性を評価した。ラングラーは急速に、西部で知名度を上げていった。

ラングラーの哲学 - カウボーイに最適な一本を

ラングラーのジーンズを手に取ると、その独特のシルエットに気づく。太ももはゆったり、膝下はすっきり。これが「カウボーイカット」だ。

このシルエットは、偶然ではない。馬に乗る動作を徹底的に研究した結果だ。馬に跨る時、太ももは外側に開く。だから、太もも周りにはゆとりが必要。しかし膝下がだぶついていると、鐙に足が引っかかる。だから膝下は細め。

この絶妙なバランスが、カウボーイカットの真髄だった。リーバイスの501とは、明らかに異なるシルエット。それぞれの用途に最適化されていた。

後ろポケットの位置も計算されていた。やや高めに配置することで、馬に乗った時に物が落ちにくい。そしてポケットのステッチ。「W」の形をした独特のパターン。これがラングラーの証だった。リーバイスのアーキュエイトステッチ、リーのLazy Sと並ぶ、デニムの三大ステッチの一つだ。

生地の選定も重要だった。ラングラーは、破れにくさを重視した。ロデオは激しいスポーツだ。暴れる馬に振り落とされる、地面に叩きつけられる。デニムには、極限の耐久性が求められた。

使用されたデニムは、14オンスから15オンスの厚手のもの。コーンミルズ社製の高品質なデニムだった。縫製も頑丈。特にストレスがかかる股の部分は、二重縫いで補強された。

ジッパーフライも、ラングラーのこだわりだった。リーバイスが501でボタンフライを守り続けたのに対し、ラングラーはジッパーを採用した。これはリーが先駆けた技術だったが、ラングラーも早い段階で取り入れた。カウボーイたちの声に応えた結果だった。

色展開は、実用的だった。定番のインディゴブルーに加え、ブラック、タン、グレー。汚れが目立ちにくい色が中心だった。牧場での作業、ロデオの練習。泥や埃にまみれる環境で、真っ白なデニムは現実的ではない。

1960年代、もう一つの名作が誕生する。型番「13MWZ」。これが、ラングラーの代名詞となった。

名作を紐解く - ラングラーの定番アイテム

ラングラーを代表するアイテムといえば、間違いなく「13MWZ」だろう。1960年代に登場したこのカウボーイカットジーンズは、60年以上作り続けられている。

13MWZは、ラングラーのカウボーイカットの完成形だった。太ももはゆったり、膝下はすっきり。このシルエットが、馬に乗る動作に完璧にフィットした。

ウエストはやや高めに設定されている。腰骨よりやや上。これも、馬に乗った時の姿勢を考慮したものだ。前傾姿勢になっても、腰が見えない。ベルトループも太くて丈夫。カウボーイは、ベルトに様々な道具をぶら下げる。その重量に耐えられるよう設計されていた。

後ろポケットの「W」ステッチは、13MWZのアイデンティティだ。左右対称の美しい形。このステッチを見れば、一目でラングラーだと分かる。ポケット自体もやや小さめ。これは、馬に乗った時に座りやすくするためだった。

フロントポケットは深い。手綱を握りながらでも、物を取り出せる深さ。そして斜めに切られたポケット口。手を入れやすい角度だ。

生地はデニムツイル。14.75オンスという、やや中途半端に思える重さ。しかしこれには理由があった。15オンスでは硬すぎて動きにくい。14オンスでは少し薄い。その中間を狙った、絶妙な重量だった。

色落ちも独特だ。13MWZのインディゴは、着用と洗濯を繰り返すことで、ラングラー独特のアタリを出す。太もものヒゲは、501より横に広がる。これは、カウボーイカットのシルエットの影響だ。膝のハチノスも、やや下の位置に出る。馬に乗る姿勢の反映だ。

ヴィンテージ市場では、1970年代までの13MWZが人気だ。この時期のものは、アメリカ製。タグには「BLUE BELL WRANGLER」の文字。ブルーベル社の名前が残っている。1980年代以降、ブランド名は「Wrangler」のみになった。

もう一つの名作が、「デニムウエスタンシャツ」だ。これは1950年代から作られている、ラングラーの定番シャツだった。

ウエスタンシャツの特徴は、その装飾的なディテールだ。胸に二つのフラップポケット。ポケットのフラップは尖った形をしている。そしてスナップボタン。これがウエスタンシャツの証だった。

ラングラーのウエスタンシャツは、実用的でもあった。デニム生地だから丈夫。そしてスナップボタンは、普通のボタンより開閉が早い。緊急時、さっと脱げる。これは牧場での作業では重要だった。服が機械に巻き込まれそうになった時、すぐに脱げるかどうかが、命を分けることもあった。

肩にはヨークと呼ばれる切り替えがある。西部の山々を模したような、曲線的な形。これもウエスタンシャツの特徴だった。機能的には、肩の動きをスムーズにする効果があった。

アメリカ文化史の中のラングラー

ラングラーは、戦後のロデオ文化と切り離せない存在だ。そして西部のカウボーイライフスタイルの象徴ともなった。

まず語るべきは、ロデオとの深い結びつきだ。1947年のPRCAとの提携以来、ラングラーはロデオの世界で確固たる地位を築いた。全米ロデオファイナル、カルガリー・スタンピード。主要なロデオイベントで、ラングラーはスポンサーを務めた。

トップロデオライダーたちは、ラングラーのアンバサダーとなった。彼らは試合で、そして日常で、ラングラーを穿いた。ファンは、憧れのライダーと同じブランドを求めた。この関係は、今も続いている。

牧場労働との関係も深い。テキサス、モンタナ、ワイオミング。西部の牧場では、ラングラーが定番だった。カウボーイたちは、その機能性を評価した。馬に乗りやすく、丈夫で、手頃な価格。すべてが揃っていた。

面白いのは、ラングラーが東海岸発のブランドでありながら、西部で受け入れられたことだ。ノースカロライナ州グリーンズボロ。ここは西部からは遠く離れている。しかしラングラーは、本物のカウボーイたちの声を聞き、それに応えた。だから受け入れられた。

1960年代から1970年代、カントリーミュージックの隆盛とともに、ラングラーも全米に広がった。カントリーシンガーたちが、ラングラーを着た。ウエスタンシャツとカウボーイカットのジーンズ。これが、カントリーミュージシャンのスタイルとなった。

リーバイスやリーが若者のファッションアイテムとして広まったのに対し、ラングラーは「本物のカウボーイのデニム」というアイデンティティを保ち続けた。これは意図的な選択だった。ラングラーは、ロデオライダーや牧場労働者との関係を大切にした。流行を追わず、実用性を追求し続けた。

1980年代、ラングラーはヨーロッパでも人気を博した。特にイギリスやドイツで、アメリカのカウボーイカルチャーへの憧れから、ラングラーが求められた。ウエスタンブーム。カントリーバーやウエスタンダンス。そこで、ラングラーが着られた。

日本では、ラングラーはリーバイスやリーほどの知名度はなかった。しかしアメカジ愛好家の間で、「本物志向」のブランドとして評価された。特に13MWZは、カウボーイカットの元祖として認識されている。ヴィンテージの13MWZは、古着市場で根強い人気がある。

現在でも、ラングラーはロデオとの関係を保ち続けている。プロロデオライダーの多くが、今もラングラーを穿いている。これは単なるスポンサーシップではなく、製品の品質への信頼だ。

ラングラーが体現するもの

グリーンズボロから始まったラングラー。その75年以上の歴史は、戦後アメリカのロデオ文化とカウボーイライフスタイルの発展と重なる。

このブランドが作り続けてきたのは、「カウボーイのためのジーンズ」だった。馬に乗る動作を研究し、ロデオライダーの声を聞き、最適な機能を追求する。その一点に集中した結果が、ラングラーの製品に表れている。

ラングラーの13MWZを穿く時、そこには明確な物語がある。ロデオアリーナで暴れ馬に挑んだライダーたち、西部の牧場で牛を追ったカウボーイたち。彼らが選んだデニム。その信頼がある。

それは、専門性だった。流行を追わず、用途を明確にし、そこに最適化する。リーバイスが「デニムの代名詞」なら、ラングラーは「カウボーイのデニム」だ。この棲み分けが、ブランドの強さとなった。

後ろポケットの「W」ステッチ。カウボーイカットのシルエット。14.75オンスのデニム。シンプルだが、そこには75年の研究がある。馬に乗るという行為を、これほど深く考えたジーンズは他にない。

リーバイスが西部開拓の歴史なら、ラングラーは現代の西部の物語だ。ロデオという、生きた西部の伝統。それを支え続けてきたブランド。

今、ヴィンテージショップで1970年代の13MWZを手に取る。色落ちしたインディゴ。太ももから膝下への絶妙なテーパー。40年以上前のジーンズが、今も穿ける。これが、ラングラーというブランドが体現する価値だ。

ロデオアリーナの土煙。暴れる馬。そして、それに挑む男のデニム。ラングラーは、その瞬間に立ち会い続けてきた。本物のカウボーイが選ぶデニム。その称号を、75年以上守り続けている。これが、ラングラーの物語なのだ。

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